2013年02月20日

ケッヘル

中山可穂 著   ケッヘル(上・下)

この著者の本はこれが初めて。

とにかく、バイオリン及びバイオリン弾き、あるいは、もっと広義にクラシック音楽を
テーマにしている小説が読みたくて、探し当てた作品。

何しろタイトルが「ケッヘル」。

ケッヘルと言えばモーツァルト。

クラシック音楽は出版された楽譜ごとに、Opus(Op.、op.)という作品番号が
ふられているのが一般的だが、作品番号が付いていなかったり、一部欠落している
作曲家の場合、その研究者が付けた整理番号が作品番号の代わりになる。

モーツァルトの「ケッヘル番号」がそれで、ルートヴィヒ・フォン・ケッヘルという
人が作品に時系列で番号をふって行った。(KとかKVとかが頭についた番号)

筋金入りのモーツァルト愛好者は、この番号をすべて暗記していて、
K626とか聞くと、「あ〜、未完のレクイエム、d-mollね」という風に
即座に出てくるらしい…(スゴ

ねこてん自身は、特にモーツァルトを偏愛するということはないのだけれど、
長年師事していたピアノの先生が、モーツァルトをとても愛していらした。

なので、親近感みたいなものはある。
これは行っとくしか無いでしょうということで、上下巻買ってみた。


【ここからネタバレ入ります。未読の方はご注意ください】
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導入部、フランスの最果て、ドーバー海峡を臨む小さな町で、海に向かって何時間も
指揮棒を振り続ける日本人らしい男。
それを海辺のカフェから見つめる、訳ありそうな日本人女性・・・

うわぁ〜、とても興味をそそられるシュチュエーション。
つかみはバッチリという感じ。

ある事情から日本に帰ることができず、ヨーロッパを放浪していた伽椰は
ドーバー海峡に面した小さな港町カレーに流れ着いたところで、所持金も尽きかけ、
進退窮まっていた。

ここで熱烈なモーツァルティアン(モーツァルト愛好家)遠松鍵人に出会い、
彼から日本における当座の住処と、仕事を紹介される。
条件は、住処として提示された家に棲んでいる猫のフィガロに決まった銘柄の
餌を与え世話をすること・・・。

・・・しょっぱなから、話は思いっきりズレますが、「伽椰(かや)」という
のはきれいな名前ですね〜。後でチラッと話に出る彼女の妹は確か「沙羅(さら)」
だったと思うけど、姉妹揃って漢字の字面も音も合っていて美しい。

名前の趣味の良いご両親でよかったですね。

いや、そんなことはどうでも良い。

とにかく、胡散臭さ満載のウマイ話だと思いつつ、失うものも帰るところもない
伽椰は、遠松鍵人の提案に乗り、日本に帰国。

教えられた家は、鎌倉の大きな別荘で、部屋には古いベーゼンドルファーと
おびたたしいモーツァルトの音源と楽譜、最高級のオーディオ機器、
世話をするべき雑種猫のフィガロがいた。

うらやましいな〜。
ベーゼンドルファーのコンサートグランドと猫。
素晴らしいオーディオセット。
仕事がしたくなったら、紹介された会社「アマデウス旅行社」に行けば
社員の座は約束されている。

ピアノ好き、猫好きとしては堪りません。

思わず「伽椰〜、そんなウジウジ迷ったり心配するくらいなら、替わってくれ!」と
叫びたくなりました。

まあ、しかしもちろん、ここは『伽椰でなければならなかった』訳で、
それはおいおい明らかになって行きます。

上巻はこうして、謎と秘密に満ちた幕開けから、木村伽椰と遠松鍵人、それぞれの
物語が交互に語られます。

ねこてんは、遠松鍵人の物語が、とても好きでした。

シチュエーションも登場人物もかなり浮世離れしていて、
ちょっと村上春樹風味入ってる? いや、もしくはコメディー路線に
行くのか?と思う場面もちらほら。
このコメディー路線は下巻でも通奏低音のごとくずっとかすかに
感じられます←「通奏低音」ってちょっとクラシックっぽいでしょ(。-_-。)

彼の母親にはまったく共感できませんでしたが、父親は性格破綻者では
あるけれど、かなり魅力的な人物。

もとは才能溢れて容姿端麗な、世界的指揮者だったのに、
女と酒で身を持ち崩して、死に至る病を患い、今や見る影もない。
モーツァルトのケッヘル番号の秘密を解明かせば、世界が変わると
信じていて、行動原理がすべてケッヘル番号に拠っている。

まあ、こんな父親に振り回されて、日本全国放浪しなきゃならないなんて、
幼い少年にとっては迷惑なことです。

反発し、逃げ出そうとあがき、でも結局離れなれなくて、
その最期を看取った鍵人は、運命の恋人に出会い、そのせいで
恐ろしい事件に巻き込まれて・・・。

ねこてんの見る所、古今東西「運命の恋人」というものに碌なものはありませんな。
だいたい、これが出てくると人は抜き差しならない泥沼に足を取られて
破滅へまっしぐら〜ですからな。

と、運命の恋などとは無縁のねこてんは焼餅半分思いながら下巻に進むのでした。

とあっさり下巻に行こうとしていますが、この鍵人の物語と並行して、
伽椰の物語も語られていきます。

なぜ、日本を出て放浪するはめになったのか、誰から逃げているのか。

ここで、伽椰が同性愛者だと事がわかり、なんでそういうフラグが必要なのか
よくわからないまま、ねこてん的には最後まで違和感。

後日、女性同士の恋愛がこの著者のほぼ全著書のテーマになっていると知り
「ふ〜ん」と思った次第。

まあ、人を愛するということに男も女もないのかもしれないけれど。

なんかその特殊な設定が、この作品に関して言えば浮いてるなと。

それがこの著者の作品の特長だし、その切なさが好きなんだ!という人も
きっといっぱいいらっしゃるんだろうから、ねこてんには合わないだけです、はい。

下巻では、殺人事件が続発し、伽椰は終始一貫それらに巻き込まれ、だんだん
オカシイぞと思いはじめます。

謎の美人ピアニストの登場。(前の恋人を急に忘れて彼女に夢中になる伽椰)

だんだん明らかになっていく過去との繋がり。

ちょっと無理のある展開もあったけれど、ふたつの過去が絡まって
ぐーーーーっと結末に収束していく感じは面白かったです。

モーツァルトと言えばフリーメイソンというお決まりからなのか、
ちょっと絡めてきてましたけど、そこはいらんかったかな〜。

でも、上下巻を通じてずっとモーツァルトの音楽が次々に
聞こえてくるような構成が素敵でした。

久々にモーツァルト尽くしを聴きたくなった。

作者様
遠松社長をはじめ、魅力的なキャラたち…猫のフィガロ(彼に幸いあれ!)や、蟹沢くんや、
よし子ちゃんが活躍するアマデウスグループのさらなる発展と冒険の物語を読みたいです。
できれば、レズ風味なしで。

・・・・・だめですか、そうですか orz






posted by ねこてん at 14:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月18日

東京島

桐野 夏生 著   東京島

もうずいぶん前のことになるが、この著者の「グロテスク」と「魂萌え!」を
読んだ時、なんというか、登場人部がすべて気持ち悪いと思った。

「グロテスク」と「魂萌え!」はまったく傾向の違う物語であるのに、
どちらも共通して、出てくる人々にまったくシンパシーを感じられないし、
どうにも不愉快になるなと。

それ以来、この著者の本は敬遠していたのだが、某古本チェーンで100円に
なっていたので、時間つぶしに読んでみた。


【ここからネタバレ入ります。未読の方はご注意ください】
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【総評】100円だからってお金の無駄遣いは良くない。

好きじゃないとわかっている作者の本を
「ひょっとして今度はおもしろいかも…だって人気作家だし、映画にまで
なったお話だし」などと自分を誤魔化して、買うのはもうやめよう、自分。

すいません。

つまり、面白くなかったです。

登場人物は相変わらず、どいつもこいつも徹底的に不愉快。
主人公を筆頭に、容貌も嫌悪感をもたらすものなら、性格もおかしげな人ばかり。

犬吉君とその彼女というか彼氏というか…あのカップルだけは
なんとなく可愛げがあって、この物語の中では辛うじて好きでした。

人間を美化しないということが、この著者の信条なのかもしれないけれど、
それでなくても、実社会では気持ちの悪い不愉快な人々と接することも多いんだから
物語の中くらい現実逃避して、少しはサッパリ爽やかに行きたいものです。

主人公の清子は、平凡で従順な人妻だったのに、漂流者の中で女性が
ただひとりだったために、いい年(40代半ばを超えています)にも関わらず、
男どもに追い掛け回されることになる。

う〜ん…男性生理から見ると、極限状態をリアルにあらわしているのかもですが、
もうこのシチュエーション自体気持ち悪い。

この物語の元ネタとなった実際の事件「アナタハン事件」では、
ただひとりの女性は、人妻ではあったけれどまだ20代前半でした。

そんな若い女性だったら当たり前で面白くないと思ったのかなんか知らないけど、
なにも50に手が届く年齢に設定せんでもなあ…。

「髪の毛が薄くなった他は衰えていない」とかなんとか主人公の自己申告的な
描写があったけど、もうそこ読んだだけで嫌悪感。
女で髪が薄くなったら、もうそれは十分、衰えてるやんけっ!

しかも、無人島で栄養状態悪いはずなのに「白ブタ」と揶揄されるくらい
太ってるってもう…あなた、それは…orz

挙句の果てに、30代で何度か妊娠するもその都度流産し、そのあとピタリと妊娠する気配も
なくなって、だから不特定多数とそういう関係になってもその面では安心している部分が
あったと書かれているのに、47歳にして(おそらく10年ぶりくらいに)懐妊し、
栄養状態も悪く、医療設備もその知識のある人間もいない東京島で、妊娠は順調に経過し、
健やかに自然分娩。もっとビックリなのは生まれたのは男女の双子。

・・・そりゃ、無人島で医療従事者の介添えなしに子供を産んで、母子ともに健康ってこともあるでしょう。
例え、それが50手前の初産でも。多胎児でも。
動物はみんな独りで仔を産むしね。その代わり死ぬことも多いけどね。

まったく、人物の容貌・性格の描写をあれだけリアルに不愉快に書く人が、
なんで、この女性の生理の部分だけこうもご都合主義の夢物語みたいに書くの?

同じ女とは思えないなあ…それとも「人間を突き放して見て、冷静に書けるわたしって
全然女っぽくなくてカッコイイ」とでも思ってるのか、この著者は。

そのあと結構すぐに清子は島から脱出するんだけど、産後の肥立ちは
大丈夫だったのかなあ…といらぬ心配をしてしまったよ。

島に残された男の子は、どうやって健やかに育ったのかね。
確かまだ、母乳を飲んでいる(離乳できていない⇒ご飯とか食べられない)小さな赤ちゃんだったよね。

巻末の章は、島に残った人々と脱出に成功した人々の後日談で、上のふたつの心配は
(都合良くも)杞憂で、双方元気です〜ということがわかる。

ヤンが、自分の息子かもしれないあの男の子に「おまえは人質だからな」みたいなこと
言うけど、人質って何?逃げた清子が残した息子を救うために、この島を再訪するかも
しれない…そしたら自分たちも出ていけるんじゃないかって夢をもってるってことか?

全体にダメダメ感溢れる物語だったけど、特に後半は酷かった。

ここに決意を新たにしよう。

このひとの本はもう読まない!

といいつつAmazonへのリンクを貼るのもなんなので、ひとつだけ「なるほどね〜」と
思ったことを書いておこうと思う。

極限状態の島では、ちょっとしたことでバランスが崩れ、めまぐるしく政権交代するんだけど、
その時、必ず上位にいることができるのは、「物を持っている」ことだと。

ただひとりの女性であるということも、希少性ということで財産であるし、
もっと具体的に「金属」や「紙」などの手に入らないけれど必要なものをたくさんもっていれば
いるほど、持たざる人々にそれらをレンタルすることで、自らは労働しなくても見返りが入ってくる。

当たり前の経済の基本だけれど、箱庭のようなところでシンプルに描かれるととてもわかり易かった。

色々書きましたが、あくまでもねこてん個人の感想なので、興味を持たれたかたは是非ご一読を。


posted by ねこてん at 15:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月12日

どこから行っても遠い街

川上弘美 著   どこから行っても遠い街

慎ましやかでちょっと哀しい、市井の人々の暮らしを一見淡々と
綴ってゆく連作短編集。

カドリールのように、人々は出会い、つかの間一緒に「人生」という
ダンスを踊り、離れ、そこに別の人がやってきてまたちょっと関わり…
入れ替わり立ち代り、クルクル回りながらダンスは続く。

と言った風情の本。

ぼーっと読んでいると、うっかり見落としそうな「あの人」が
実は別のお話の「あの人」だったんだ〜(驚)なんていうこと連発。

しかも、よくよく考えると結構怖いエピソードも。

お話ひとつひとつは、哀しくて怖くてユーモラスでもあり
結構引き込まれるように読んでしまうんだけど、読み終わってみると
そのあまりの透明さに、全体像はぼんやりとして目を凝らすほど
輪郭が曖昧になっていくような。

読後、一番印象に残ったのは、お魚屋さんの若妻が大きな青魚を
さばくときの擬音だったりする。

「ぶぶぶ」

魚の丸々太った腹に包丁を入れて開いて行くときの音。

ものすごくリアル。
パンパンに張った銀色の魚(ブリとか鯖とかの)のお腹が、
包丁を入れるやいなや、弾けるように裂けて、原色の内蔵が飛び出してくる様が、
3Dのように立ち上がってきた。
新鮮な生臭さがあたりにたちこめ、冷たい指先の感触まで感じられるほどだった。

たった一つの文字をみっつ重ねるだけで、ここまで追体験させられる、
小説というのは本当にすごいメディアだと思った。

いや、川上さんがすごいのか。

心が弱って物悲しい時にも、無性に昂ぶって落ち着かない時にも
おすすめの一冊だと思う。


「ぶぶぶ」




posted by ねこてん at 18:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月06日

ドールズ 月下天使

高橋克彦著 ドールズ 月下天使。

このシリーズは、初めからずっと読んでいた。
(といっても本はいつも文庫化されてから買う。
単行本はお財布も読んだ本の置き場所も保たない)

最初の「闇から来た少女―ドールズ」がとても良くて。

もう四半世紀も昔になるのか…。

その次の「闇から覗く顔―ドールズ」までは
たしか中公文庫から出ていた。

表紙のレトロなおかっぱの少女が印象的で、その後
主人公の少女の風貌は、ねこてんの中では、この表紙絵の
少女に固定された。

2冊出てから、ずいぶん長い間シリーズ新刊が出なかったので
おしまいなのかと思っていたら、今度は角川文庫から
「ドールズ 闇から招く声」が刊行されて。

大人の事情はよくわからないが、1冊めと2冊めも今では
角川文庫から出ているようで、あの表紙絵の少女も変わってしまった。

個人的にちょっと残念。

【ここからネタバレ入ります。シリーズ未読の方はご注意ください】
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さて、この3冊めの「ドールズ 闇から招く声」から、おかしいな〜と
思ったんだよね。

「なんか、イメージ違うぞ」と。

装丁のせいだけじゃなくて、1冊めと2冊めに切々と流れていた
目吉センセーの孤独、哀しみ、絶望、妖しさ、ある種の忌まわしさ
みたいなものがきれいに払拭されているじゃありませんか。

いや、そりゃね。

なんか、「この世界は見知らぬ国で、自分はその中にひとりきり」みたいな
描写や「この先、怜ちゃんが大きくなったら(さまざまな生理的違いとか
出てきて気まずいでしょ〜困ったな〜)どうしよう」と悩んでみせる箇所は
あるんだけどね。

もう切なくないんだな。あんまり胸に迫ってこない。

それが故に、超常少女 VS ハイパーボーイみたいなノリになっちゃた。

たぶん、周りの人々がこの異変を受け入れ過ぎなんだよ。
そしてセンセーを愛しすぎ。
怜ちゃん、完璧にないがしろだもの。

でも目吉センセー好きだし、いっか。
ぼんやりと続刊いつかな〜とか思ったりすっかり忘れてたり。

そしたら最近気づいたんだけどなんと、すでに2年前に文庫化されていた。

前作のこともあり、タイトルの「月下天使」にも嫌な予感を覚えつつ
まあ腐れ縁感覚で購入して読んだのが、今回の表題の「ドールズ 月下天使」。

おっさんが主人公のシリーズ物で「〜天使」とか言い出したらろくなことはないというのは
大昔、平井和正せんせいのアダルトウルフガイシリーズの「人狼天使」を
読んで以来の私的な教訓(偏見ともいう)です。

でも、やっぱり教訓は正しかったなあ…というのが正直な感想。

余命いくばくもない、美人薄命を地で行っているようなヒロインが
唐突に出てきて、センセーと最強タッグを組んじゃう。

前作でも思った「怜ちゃんないがしろ現象」ここに極まれり。

誰も、江戸時代のおっさんに身体を乗っ取られてタバコも酒も
強制摂取させられている小さな女の子のことなんか、
これっぽっちも考えちゃいねえ。

父親である真司さんは、安定の「マダオ(注1)」だしな。
※注1 人気漫画「銀魂」に登場するダメな中年男の蔑称。
   「まるで だめな おっさん」の略

で、なんだか西洋風の悪魔のくせに日本の山村に昔から棲んでいる
箱神様とかいう強敵が登場して、アクションものともホラーともつかない
意味不明な展開になったところで、次回に続く〜

えーっと・・・・・・(・ω・;)

・・・・・これって話ばかりどんどん広がって未完のままやたら冊数だけ増えて、
どんどんグダグダになって収集つかないまま放置される典型的なやつですか?

前出の平井和正せんせいのあのシリーズや、愛してやまない夢枕獏さんの
あのシリーズやこのシリーズや…亡くなったので止むを得ない部分も
あったのかもと贔屓目に見るしか無い栗本薫御大のあのシリーズや…

ねこてんの頭の中に、かつて胸をときめかして新刊を買いに走った
数々の長大なシリーズが走馬灯のように駆け巡ったのでありました…とさ。





posted by ねこてん at 12:57 | Comment(1) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
ナプロキセン

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